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第67回滋賀県文学祭(平成29年度)

第67回滋賀県文学祭審査結果

出品作品内訳

応募者総数 芸術文化祭賞 特選 入選 奨励賞
792人 9人(各部門1人) 55人(9部門合計) 95人(9部門合計) 1人

※奨励賞は入選受賞者の中から30歳以下対象

芸術文化祭賞受賞者

・小説 佐藤 駿司 (さとう しゅんじ)
・随筆 福﨑 真由美 (ふくざき まゆみ)
・童話 富田 直子 (とみた なおこ)
・詩 島田 照世 (しまだ てるよ)
・作詞 叶 恋 (かのう れん)
・短歌 寺下 吉則(吉は土に口) (てらした よしのり)
・俳句 清水 徹 (しみず とおる)
・川柳 安井 茂樹 (やすい しげき)
・冠句 宮田 美津子 (みやた みつこ)

 

第67回滋賀県文学祭入賞者一覧(PDF形式;247KB)

芸術文化祭賞受賞作品講評

小説

「道意公遺文」  佐藤 駿司

選評

太閤秀吉から関白職を譲り受け実質上の後継者と目された豊臣秀次だったが、太閤と淀君の間に秀頼が誕生した後は運命が急変し、謀反を疑われて高野山に蟄居する。彼はそこで出家し道意と号したが、幾日も経たぬうちに切腹を命じられ、27年の生涯を終える。謎の多い逸話から傑物か変人か評価の分かれる人物であるが、筆者はきわめて同情的に弁護の視点で書く。「遺文」という秀次自身による独白の形式を用いて、死を覚悟した武人の心の陰影を丁寧に描き出している。あえて申せば、最初登場した語り部の近従が、その後一切登場せずに終わっているのはどうだろう。本題を「遺文」に置き、近従の語りをプロローグ的に使うのなら、最後にエピローグとして再登場させた方が話の座りがよいのではないか。しかし、注文はそれくらいで、レトリック、文体、素材、テーマ性、いずれにおいても芸術文化祭賞の名にふさわしい見事な作品である。

随筆

「そして母になれたなら」  福﨑 真由美

選評

母になるという喜びがドキュメンタリー風に、我が娘への語りかけを随所に交えながら、リズミカルに綴られている。自他ともに認める「子どもギライ」で、「犬がこの世で一番可愛いと本気で思っていた」筆者が、「なんと、我が子の可愛いことか!」と、一変する。子どもは、可愛さを備えて生れてくる。無防備な存在として、生き残るための本能であるとも言われるが、そんな理屈は抜きにして、生れてきた我が子の存在を、たまらなく愛しく思う母の気持ちが、微笑ましさとともに、生き生きと心地良く描かれている。

童話

「家訓」  富田 直子

選評

完成度の高い作品でした。稲荷神社のコマギツネの伝承を巧みに取り入れ、ほんもののキツネを手玉に取っていくストーリー展開に、先を読む面白さをあじわいました。うまく決まったオチを読んでもなお、作品世界に遊んでいる感じが残り、余韻のある結末になっています。

「いたずら」  島田 照世

選評

ミステリアスな展開に惹かれた。状況の豊富な設えによってテンポよく言葉と詩想が運ばれていく。作品世界には居たたまれない気分を感じさせるような深い情念の流れがあるが、地球儀、人形等との即物的な近接作用によって情緒纏綿に搦め捕られることなくそれを伝えている。「いたずら」という表題もこの方法の流れのなかにあるのだろう。興趣に満ちた作品ではあるが少し解りづらいところがある。たとえ小さくとも意味の不可解がミステリアスの要素になってはいけない。

作詞

「ペトリコール」   叶 恋

選評

ペトリコールとは雨が降った時に、地面から上がってくる匂いを指す言葉。誰もが知っていて、何らかの感慨を持っている匂いだが、それを「ペトリコール」と呼ぶことをいったいどれくらいの人が知っているだろうか? その言葉選びでこの作品は成功している。そして、Aメロ、A´メロ、Bメロ、サビと詞の段階で曲の構成が浮かんでくるところも良くできている。ただ、言葉の順序や表現に一考が必要な部分があるが、全体的に素晴らしい作品である。

短歌

寺下 吉則(吉は土に口)

選評

・六歳の吾を海に投げ海に投げ泳ぎ教えて父は逝きたり
・寡婦となりし母の名は「はる」独身を押し通したる叔母の名は「ハル」
・綺麗にはひらかぬほどに壊されし傘の内なる四人の家族

六歳の息子を海に何度も投げ、厳しくいきよと教えて早世した父。同じ呼び名ではあるが歩んだ人生の異なった母と叔母。半ば壊れた傘に象徴される家族との繋がり、父、母、叔母、家族との構成の展開も工夫があり、三首とも読む者に問題を投げかけた深い作品は作者の力量の冴えを感じさせられた。

俳句

清水 徹

選評

・渋柿の熟すを待つや反抗期

自我の芽生える頃からはじまり青年前期に現れる反抗期には親も子も大変な時期を作者は渋柿の熟すを待つと謂われた事に心の大きさを感じ、時間をかけて見守る事の大切さを謡いあげ秀句となった。

川柳

安井 茂樹

選評

・灯をともし窓はうれしくなっている

明かりを灯した「窓」がいいですねえ。
そしてその「窓」が「うれしくなっている」との擬人化された表現にすうっと引き寄せられました。このうれしさは作者のうれしさであり、この作品を読んだ人のうれしさにも重なってきます。やさしい言葉で深い思いが伝わってきます。

冠句

宮田 美津子

選評

・星が哭く 破裂しそうな青い球

星を擬人化した「星が哭く」のような冠題は難しかったと思いますが、かえって句想は広がりやすく多くの佳句に出会えたのは嬉しいことでした。
この句、世に紛争の無くなる気配はなく、地球の温暖化も年々顕著となるこの混沌とした今を憂う一句。端的に言い切ってしまうこれぞ冠句という詠い方をされた秀吟です。
青い球とはもちろん地球のことです。地球という星が破裂しそうで慟哭しているという読み方と、地球の周りの星が美しい青い地球よ破裂しないでくれと哭くという読み方もできます。いずれの読みもできるのはこの句の持つ力でしょう。

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